松翁論語

  □【問A

  1□松下幸之助は社員の力を最大限に生かすため、社員の改善提案を毎日全て目を通し、翌日には必ずそれらの社員に返事をするという驚異的な仕事ぶりを実践し続けた経営者だった。

  2□松下幸之助は休日出勤の王様とあだ名されるほど、一年中ほとんど休むことなく出社して現場で仕事をした。「大切な休日を返上して働いてくれる社員が1人でもいる限り、経営者は休んではならない」という哲学を実践した稀有な人だった。

  3□松下幸之助は「商売は真剣勝負である」「負けるときは首のないときである」と述べているが、無遅刻無欠勤、誰よりも早く出社し、誰よりも遅くまで職場で油まみれになり、先頭に立って「おれについて来い!」と終生現場で働くタイプの経営者だった。

  4□松下幸之助は日本一耳が大きい経営者と言われた。毎日必ず現場を視察し、有名な「松下の女工さん」たちの意見をつぶさに聞いて歩いたからだ。彼は生涯現場視察を休んだことはない。

  5□松下幸之助は日本一病弱な経営者といわれた。しょっちゅう病気で寝ていたからだ。ところが、彼は夜明け前に日本全国の松下の工場長から電話で毎日連絡を受け、始業前に細かな指示を出していたということでも有名だ。

  6□松下幸之助は「素直な心の初段になるには、一万回、それを念じなければならない」と述べているが、無遅刻無欠勤、誰よりも早く出社し、誰よりも遅くまで職場で油まみれになり、先頭に立って「素直な心になる」と毎日社員と朝礼をするのが死ぬまでかわらぬ日課だった。

  7□松下幸之助は「自分で自分をほめる。そういう心境になれるような日々の過ごし方が大事である。」と述べているが、無遅刻無欠勤、誰よりも早く出社し、誰よりも遅くまで職場で油まみれになり、先頭に立って「おれについて来い!」と終生現場で働くタイプの経営者では必ずしもなかった。彼はむしろ、社長を使う社員が増えれば会社は発展すると考えた。

  8□松下幸之助は日本一丈夫な経営者といわれた。彼は長生きの秘訣は無理をしないことと言い、一日に12時間以上睡眠をとっていたという。そのかわり残りの12時間は毎日仕事を現場でずっと続けていたという。

  9□松下幸之助は仕事を遊びにした経営者として有名である。毎日工場のラインをお忍びで視察し、つまらなそうな表情の工員を見つけると、こうすれば楽しくなるとアドバイスしていたからである。

  10□松下幸之助は日本一物まねが上手な経営者といわれ、「まねした電気」というあだ名は有名である。彼はお忍びで毎日欠かすことなく秋葉原の電気店まわりをしたという。お客の立場でいい物は何かを自分の目で観察していたのである。

 

  □【問B

  1□ナショナルの松下商法は適正価格維持を基本とし、不適切な値引きは消費者のためにならないと考えたが、ダイエーの中内商法は価格破壊で適正価格を引き下げることは松下商法の基本であると解釈し、それを松下製品に限って了解してもらっていた。

  2□ナショナルの松下商法は適正価格維持を基本とし、不適切な値引きは消費者のためにならないと考えたが、ダイエーの中内商法も利益の出ない値引きは決してしないという松下商法の実践者として有名である。

  3□ナショナルの松下商法は適正価格維持を基本とし、不適切な値引きは消費者のためにならないと考えたが、ダイエーの中内商法は消費者こそが価格決定の主人公であり、業界の常識にとらわれぬ価格破壊こそが消費者のためになると考えた。

  4□ナショナルの松下商法はどこの電気メーカーよりも安く売ることを消費者のためと考え、ダイエーの中内商法の先取りを早くから実践していた。どちらの商法も大企業がコストを割るくらいまで安く商品を提供し続けることで競争相手を市場から駆逐する戦略であった。

  5□ナショナルの松下商法はどこの電気メーカーよりも安く売ることを消費者のためと考え、ダイエーの中内商法の先取りを早くから実践していた。どちらの商法も自前の小売店ネットワークを組織し、それ以外の店ではオリジナル製品を販売させないというカルテル商法という点で共通している。

  6□ナショナルの松下商法はどこの電気メーカーよりも安く売ることを消費者のためと考え、ダイエーの中内商法の先取りを早くから実践していた。どちらの商法も複雑な流通業者を経由せず、直接お客に販売することで低価格を実現したのである。

  7□ナショナルの松下商法はどこの電気メーカーよりも安く売ることを消費者のためと考え、ダイエーの中内商法の先取りを早くから実践していた。どちらの商法も手形取引をせず、取引先の大小にかかわらず現金取引を行ったので低価格化に成功したのである。 

  8□ナショナルの松下商法はどこの電気メーカーよりも安く売ることを消費者のためと考え、ダイエーの中内商法の先取りを早くから実践していた。全国にいち早く松下提携電気店を展開したので、家電量販店が成長する以前は他のメーカーは松下製品よりも安く売れなかった。

  9□ナショナルの松下商法はどこの電気メーカーよりも安く売ることを消費者のためと考え、ダイエーの中内商法の先取りを早くから実践していた。どちらの商法も最初から小売価格を設定するのではなく、消費者の購買動向によって価格を決める「オープン価格」を最初から導入したのである。

  10□ナショナルの松下商法はどこの電気メーカーよりも安く売ることを消費者のためと考え、ダイエーの中内商法の先取りを早くから実践していた。どちらの商法も製品が壊れたら無料で修理する(あるいは購入価格を弁償する)という当時としては革命的な販売方法を創業以来長期にわたって続けたことで共通している。

 

  □【問C

  1□ナショナルの松下商法も西武の堤商法も、共通している点は、組合の力をできるだけ小さく抑え、天才的な経営能力がある社長の教育によって会社全体を成長させたということである。適正に儲けて納税する健全経営が世のため人のためになり、借金経営は罪悪と考えた点も共通している。

  2□ナショナルの松下商法も西武の堤商法も、共通している点は、組合を形骸化し、全ての社員に自社株を持たせることにより、会社の経営基盤を固め、社員のやる気を出させたことにある。この結果、2つの会社の株式は外部からはほとんど購入できないこととなったので、いつも株式市場では高値をよんでいた。

  3□ナショナルの松下商法も西武の堤商法も、共通している点は、組合の力をできるだけ小さく抑え、天才的な経営能力がある社長の教育によって会社全体を成長させたということである。適正に儲けて納税する健全経営が世のため人のためになり、借金経営は罪悪と考えた点も共通している。

  4□ナショナルの松下商法も西武の堤商法も、社員はみな大きな家族同様だというヒューマニズムを基本としたので、全ての社員に自社株を持たせることにより、会社の経営基盤を固め、社員のやる気を出させた点が共通する。この結果、2つの会社の株式は外部からはほとんど購入できないこととなったので、いつも株式市場では高値をよんでいた。

  5□ナショナルの松下商法は組合の力も会社に負けぬように大きくし、適正に儲けて納税する健全経営が世のため人のためになり、借金経営は罪悪と考えた。西武の堤商法は松下幸之助のやり方をそっくり模倣して経営してきたので、特許侵害で堤氏は罰せられたのである。

  6□ナショナルの松下商法も西武の堤商法も、「人間1人の知恵には限りがある。だから自分だけの知恵にとらわれて、ものを考え、事を処そうとしてはならない」という集団経営方式を採用した。社長は決済案件数の50%は不満があっても承認していたという。

  7□ナショナルの松下商法も西武の堤商法も、共通している点は、組合の力を大きくし、組合員の知恵(衆知)を経営にフィードバックさせるという逆転の発想にある。これにより2つの会社は労使関係が日本一良好な会社として有名であった。 

  8□ナショナルの松下商法も西武の堤商法も、共通している点は、「商売とは感動を与えることである」「消費者の感動とは驚くほどの低価格のことである」という考え方である。そのため松下製品はダイエーでどこよりも安く提携販売されていた。

  9□ナショナルの松下商法は組合の力も会社に負けぬように大きくし、適正に儲けて納税する健全経営が世のため人のためになり、借金経営は罪悪と考えた。西武の堤商法は衆知を集めるボトムアップより、強力なリーダーシップをトップダウンで実行させ、借金経営すれすれまで追求することで納税を減らせば経営規模は一層拡大すると考えた。

  10□ナショナルの松下商法も西武の堤商法も、共通している点は、「商売とは感動を与えることである」という考え方であるため、リゾートやレジャー関連の国内投資額は2つの会社がいつもトップを争っていた。

 

  □【問D

  1□松下幸之助は「大きいことはいいことだ」と単一巨大企業を至上目標にせず、むしろ分社化の方がメリットがあると考えた。また、一番なつかしいのは創業当時の数人で仲良く仕事をしていたころだとも回想している。

  2□松下幸之助は「大きいことはいいことだ」と単一巨大企業を至上目標にせず、むしろ分社化の方がメリットがあると考えた。また、経営を真剣に考えるのは分社化で職を失いそうな管理職だとも書いている。

  3□松下幸之助は「大きいことはいいことだ」と単一巨大企業を至上目標にしたので今日の繁栄を築くことができた。経営は”私”のものでなく、その本質は”公”のものであるとの考えから最終的には社会主義的計画経済を理想とした。

  4□松下幸之助は「大きいことはいいことだ」と単一巨大企業を至上目標にせず、むしろ分社化の方がメリットがあると考えた。また、経営を真剣に考えるのは社長ではなく、リストラ寸前の社員だとも書いている。

  5□松下幸之助は「大きいことはいいことだ」と単一巨大企業を至上目標にせず、むしろ分社化の方がメリットがあると考えた。ただ数百人規模の小さな会社は経営が不安定で、優秀な人材や資金が集まりにくいと欠点も述べている。

  6□松下幸之助は「大きいことはいいことだ」と単一巨大企業を至上目標にせず、むしろ分社化の方がメリットがあると考えた。また、経営を最も真剣に考えるのは中小企業の主人公であり、政治は中小企業の育成に重点を置くべきだと考えた。彼自身、二三百人の中小企業の主に戻りたいと回顧している。

  7□松下幸之助は「大きいことはいいことだ」と単一巨大企業を至上目標にしたので今日の繁栄を築くことができた。人間が経営の下僕になることは許されないとの考えから最終的には社会主義的計画経済を理想とした。

  8□松下幸之助は「大きいことはいいことだ」と単一巨大企業を至上目標にしたので今日の繁栄を築くことができた。正しい税金を納めて社会に貢献することこそ、企業の社会的責任であるとの考えから最終的には社会主義的計画経済を理想とした。

  9□松下幸之助は「大きいことはいいことだ」と単一巨大企業を至上目標にしたので今日の繁栄を築くことができた。企業の目的は、社会に貢献すること、社会全体の共存共栄ということだとの考えから最終的には社会主義的計画経済を理想とした。

  10□松下幸之助は「大きいことはいいことだ」と単一巨大企業を至上目標にしたので今日の繁栄を築くことができた。「ただその時点だけを考えて、よいとか悪いとかを決めて事を行ってはいけない」との考えから最終的には社会主義的計画経済を理想とした。

 

  □【問E

  1□松下幸之助は難しいことは難しいと悲観論を主張する人に従がい、無理な努力はしなかった。。同じ考え方を実践して成功したのが京セラの稲盛和夫である。二人に共通するのは難しそうな問題は社内の誰かが解決してくれるだろうという他力本願の考え方だ。

  2□松下幸之助は難しいことでも工夫すればできるだろうと楽観的に努力した。同じ考え方を実践して成功したのが京セラの稲盛和夫である。二人に共通するのは難しそうな問題は社内の誰かが解決してくれるだろうという他力本願の考え方だ。

  3□松下幸之助は難しいことは難しいと素直に認め、深追いせず方針転換をした。同じ考え方を実践して成功したのが京セラの稲盛和夫である。二人に共通するのは無理をしなければ自ずと道が開けるという考え方だ。

  4□松下幸之助は難しいことでも工夫すればできるだろうと楽観的に努力した。同じ考え方を実践して成功したのが京セラの稲盛和夫である。二人に共通するのは難しそうな問題は難しいまま放置すれば自然に難しくなくなるという考え方だ。

  5□松下幸之助は難しいことでも工夫すればできるだろうと楽観的に努力した。同じ考え方を実践して成功したのが京セラの稲盛和夫である。二人に共通するのは難しいことを難しく考えないということだ。

  6□松下幸之助は難しいことは難しいと素直に認め、深追いせず方針転換をした。同じ考え方を実践して成功したのが京セラの稲盛和夫である。二人に共通するのは専門の技術者ができないと判断したことは金儲けになりそうな事でも手を出さないということだ。

  7□松下幸之助は「一見やさしそうなことの積み重ねこそ難しい」という慎重な態度で努力した。だからやさしいことでも深刻に考えて努力した。同じ考え方を実践して成功したのが京セラの稲盛和夫である。

  8□松下幸之助は難しいことは難しいと素直に認め、深追いせず方針転換をした。同じ考え方を実践して成功したのが京セラの稲盛和夫である。二人に共通するのは1つの難題を10年負い続けるより、確実に成功するテーマを毎年1つずつ製品化することだ。

  9□松下幸之助は難しいことは難しいと素直に認め、深追いせず方針転換をした。同じ考え方を実践して成功したのが京セラの稲盛和夫である。二人に共通するのは成功率が高いと部下たちが勧めるテーマに重点投資したことだ。

  10□松下幸之助は「一見やさしそうなことの積み重ねこそ難しい」という慎重な態度で努力した。だから難しいことを難しく考えて苦労しても成果は出ないと確信していた。同じ考え方を実践して成功したのが京セラの稲盛和夫である。

 

  □【問F

  1□松下幸之助は大事業家、大金持ちになろうという志を先ず持つことから始めたわけではなく、せめて今日一日をよりよく生きたいというささやかな願いから出発した。彼は一度も自分が大事業家だと思ったことはない。

  2□松下幸之助は大事業家、大金持ちになろうという志を先ず持つことから始めたわけではなく、せめて今日一日をよりよく生きたいというささやかな願いから出発した。一方で彼は自分自身よりも社会全体や国内外を常に検討しつつ自分のなすべきことを考えた。そして日本の政治が行き当たりばったりであることを批判した。

  3□松下幸之助は大事業家、大金持ちになろうという志を先ず持つことから始めたわけではなく、せめて今日一日をよりよく生きたいというささやかな願いから出発した。彼は晩年まで社長ということばを社員に使わせず、「松下さん」と呼ばせていた。

  4□松下幸之助は大事業家、大金持ちになろうという志を先ず持つことから始めたわけではなく、せめて今日一日をよりよく生きたいというささやかな願いから出発した。その後、大企業に成長してからも「1人1業」といって、各人に個人経営会社の社長のつもりで売り上げ帳簿をつけさせた。課長や部門長と昇進するたびに零細企業の社長、中規模会社の社長といった具合に簿記をつけることを義務付けた。

  5□松下幸之助は大事業家、大金持ちになろうという志を先ず持つことから始めたわけではなく、せめて今日一日をよりよく生きたいというささやかな願いから出発した。一方で、彼は日本の税制がとても公平であることを褒めている。

  6□松下幸之助は大事業家、大金持ちになろうという志を先ず持つことから始めたわけではなく、せめて今日一日をよりよく生きたいというささやかな願いから出発した。彼は晩年まで行水(ぎょうずい)を一日も欠かさなかった。事業を始めたころの勤勉さを忘れないためである。

  7□松下幸之助は大事業家、大金持ちになろうという志を先ず持つことから始めたわけではなく、せめて今日一日をよりよく生きたいというささやかな願いから出発した。一方で、彼は日本の政治があまりに将来ばかりを語り、目先のことを馬鹿にしていることを嘆いた。

  8□松下幸之助は大事業家、大金持ちになろうという志を先ず持つことから始めたわけではなく、せめて今日一日をよりよく生きたいというささやかな願いから出発した。一方で、彼は日本の教育が不十分であることを嘆き、有能な政治家や経営者を育てるため私財を投げ打って松下村塾を作った。松下村塾からは著名な政治家が輩出している。

  9□松下幸之助は大事業家、大金持ちになろうという志を先ず持つことから始めたわけではなく、せめて今日一日をよりよく生きたいというささやかな願いから出発した。その後、今日だけのことを考え、明日のことは考えない経営方式を松下経営と呼び、「明日のことは考えるな!今日を真剣に生きよ!」と社内朝礼で社員全員に唱えさせた。

  10□松下幸之助は大事業家、大金持ちになろうという志を先ず持つことから始めたわけではなく、せめて今日一日をよりよく生きたいというささやかな願いから出発した。一方で、彼は日本の教育が不十分であることを嘆き、自ら松下幼稚園を設立し、幼児教育に力を注いだので、一時は社内の女工さんたちのために作った松下幼稚園が規模では日本一と言われた時期があった。

 

  □【問G

  1□松下幸之助は二宮尊徳を尊敬していた。その理由は尊徳が貧しくて学問がないのに、経営力だけは誰よりも優秀な成果をあげたためである。松下電器の工場内には必ず二宮金次郎少年がタキギを背負いながら本を読んでいる銅像がたっている。

  2□松下幸之助の真骨頂は「想像力」にある。彼のダム理論は有名である。経営も生活も想像さえしっかりしておけば怖くない。彼は死よりも死への想像がないことを恐れた。江戸末期の飢饉に備えた二宮尊徳と共通しているのは、想像と工夫を忘れない日々の地道な努力の積み重ねである。

  3□松下幸之助の真骨頂は「企画力」にある。彼のダム理論は有名である。経営も生活も企画さえしっかりしておけば怖くない。彼は死よりも死への企画がないことを恐れた。江戸末期の飢饉に備えた二宮尊徳と共通しているのは、企画管理を含めた日々の地道な努力の積み重ねである。

  4□松下幸之助の真骨頂は「実行力」にある。彼のダム理論は有名である。経営も生活もやることさえしっかりしておけば怖くない。彼は死よりもいつ死んでもよいつもりで実行しないことを恐れた。江戸末期の飢饉に備えた二宮尊徳と共通しているのは、工業と農業の違いこそあれ生産力を高めて利益を全額自分たちで分配することである。

  5□松下幸之助の真骨頂は「準備力」にある。彼のダム理論は有名である。経営も生活も準備さえしっかりしておけば怖くない。彼は死よりも死への準備がないことを恐れた。江戸末期の飢饉に備えた二宮尊徳と共通しているのは、リスク管理を含めた日々の地道な努力の積み重ねである。

  6□松下幸之助は二宮尊徳を尊敬していた。その理由は尊徳が貧しくて学問がないのに、経営力だけは誰よりも優秀な成果をあげたためである。有能な政財界の若手人材を育てる目的で後年開いた松下塾では、尊徳全集を読破するという日課が組み込まれていた。

  7□松下幸之助は二宮尊徳を尊敬していた。その理由は尊徳が貧しくて学問がないのに、創意工夫に秀でていたからである。2人に共通しているのは「商人の道」を実践したことである。

  8□松下幸之助は二宮尊徳を尊敬していた。その理由は尊徳が貧しくて学問がないのに、経営力だけは誰よりも優秀な成果をあげたためである。2人の愛読書は『論語』と『学問のすすめ』である。

  9□松下幸之助は二宮尊徳を尊敬していた。その理由は尊徳が貧しくて学問がないのに、経営力だけは誰よりも優秀な成果をあげたためである。2人の愛読書は共通していて『平家物語』である。2人は源氏に夢を託していた。

  10□松下幸之助は二宮尊徳を尊敬していた。その理由は尊徳が貧しくて学問がないのに、裸一貫で大金持ちになったからである。幸之助は毎日「お金持ちになる」と自分自身に決意表明を繰り返し唱えてきたのが、何よりも成功の秘訣だったと書いている。彼はこれを「切に願う」と呼んだ。

 

  □【問H

  1□「半年先、一年先が読めるのは当たり前」という一方で、「一歩だけ先を見ればいい。三歩も四歩も先を見ようとすると失敗する」という一見矛盾したことばを松下幸之助は残す。彼の著作を読むと、このように矛盾だらけのことばが多く、普通の人ではどちらが本心なのか理解に苦しむことが多い。

  2□「半年先、一年先が読めるのは当たり前」という一方で、「一歩だけ先を見ればいい。三歩も四歩も先を見ようとすると失敗する」という一見矛盾したことばを松下幸之助は残す。彼の堅実経営は有名で、取引先から手形をもらわないという方針を終生貫いた。仏の松下と呼ばれる一方で、鬼の松下ともけなされた理由はここにある。

  3□「半年先、一年先が読めるのは当たり前」という一方で、「一歩だけ先を見ればいい。三歩も四歩も先を見ようとすると失敗する」という一見矛盾したことばを松下幸之助は残す。彼の著作を味読すれば、「一日一生」を貫いた彼の真意が理解でき、矛盾がないことが分かる。

  4□「半年先、一年先が読めるのは当たり前」という一方で、「一歩だけ先を見ればいい。三歩も四歩も先を見ようとすると失敗する」という一見矛盾したことばを松下幸之助は残す。彼の著作を読むと、このように矛盾だらけのことばが多く、彼は理論よりも結局は実践を大切にしたことがよくわかる。

  5□「半年先、一年先が読めるのは当たり前」という一方で、「一歩だけ先を見ればいい。三歩も四歩も先を見ようとすると失敗する」という一見矛盾したことばを松下幸之助は残す。彼の事業計画は1ヶ月先、半年先、1年先という3種類からできていたことは有名だ。

  6□「半年先、一年先が読めるのは当たり前」という一方で、「一歩だけ先を見ればいい。三歩も四歩も先を見ようとすると失敗する」という一見矛盾したことばを松下幸之助は残す。彼の事業方針は経営者は長期計画をつくり、現場は今日の生産をしっかりやるというものだった。

  7□「半年先、一年先が読めるのは当たり前」という一方で、「一歩だけ先を見ればいい。三歩も四歩も先を見ようとすると失敗する」という一見矛盾したことばを松下幸之助は残す。彼の著作を読むと、このように矛盾だらけのことばが多く、彼が「融通無碍(ゆうづうむげ)」ということばを座右の銘にしていた理由がわかる。

  8□「半年先、一年先が読めるのは当たり前」という一方で、「一歩だけ先を見ればいい。三歩も四歩も先を見ようとすると失敗する」という一見矛盾したことばを松下幸之助は残す。彼が言おうとしたことは、長期目標を明確化すれば毎日コツコツやることが自然と具体化するということだ。幸之助は新聞で消費者動向を読み、事業計画は3ヶ月分しか作らなかったことで有名だ。

  9□「半年先、一年先が読めるのは当たり前」という一方で、「一歩だけ先を見ればいい。三歩も四歩も先を見ようとすると失敗する」という一見矛盾したことばを松下幸之助は残す。彼が言おうとしたことは、政治は長期的観点が必要で、経済は日々の変化に対応することが必要だという意味である。

  10□「半年先、一年先が読めるのは当たり前」という一方で、「一歩だけ先を見ればいい。三歩も四歩も先を見ようとすると失敗する」という一見矛盾したことばを松下幸之助は残す。彼が言おうとしたことは、消費者の動向は分かるようで分からないから基本的欲求にマッチした製品を作り続けることが大切だという意味である。

 

  □【問I

  1□松下哲学の基本のひとつは、正常本能(欲)を理性によって発揚すれば、悪はこの世の中から消滅でき、豊かで幸せな世界を作れるという現実否定と性善説にある。

  2□松下哲学の基本のひとつは、本能と悪があるからこそ、理性と善が発揮されるという逆説的な倫理観にある。彼のユニークさは不良商品や欠陥商品はあって当たり前、大切なのは製品回収の仕組みと消費者に対する補償の仕組みだと考えた点だ。

  3□松下哲学の基本のひとつは、正常本能(欲)を理性によって抑制しなければ、悪はこの世の中から消滅できない、豊かで幸せな世界を作れないという禁欲主義と性悪説にある。

  4□松下哲学の基本のひとつは、正常本能(欲)を理性によって発揚すれば、善悪も含めた現実世界をプラス方向へ活用でき、豊かで幸せな世界を作れるという現実肯定と楽観的理想主義にある。

  5□松下哲学の基本のひとつは、本能(欲)を理性によって否定すれば、善悪も含めた現実世界をプラス方向へ活用でき、豊かで幸せな世界を作れるという現実肯定と禁欲的理想主義にある。

  6□松下哲学の基本のひとつは、本能と悪があるからこそ、理性と善が発揮されるという逆説的な倫理観にある。彼のユニークさは不良商品や欠陥商品は積極的に公開し、過ちを認める方が信用になるという考え方で、通天閣に失敗製品陳列館を作ったことで話題になった時期がある。

  7□松下哲学の基本のひとつは、金銭欲はすべてに勝るということを素直に認め、売り上げに応じた報酬を社員に支払うという今日の能力主義を創業のときから導入していたことだ。

  8□松下哲学の基本のひとつは、金銭欲はすべてに勝るということを素直に認め、売り上げを人間性の結果として何より重視し、損出は決して許さなかったという独特の経営にある。

  9□松下哲学の基本のひとつは、金銭欲はすべてに勝るということを素直に認め、いち早く全国の松下電器店で大幅値引きを一斉に行い、割安感で勝負し続けたということだ。

  10□松下哲学の基本のひとつは、本能(欲)を忘れれば、善悪も含めた現実世界をプラス方向へ活用でき、豊かで幸せな世界を作れるという論語的思想の実践にある。

 

  □【問J

  1□松下哲学の基本のひとつは、「われ以外みな師」という丁稚奉公(でっちぼうこう)時代の謙譲の視線を持ち続けたことだ。「人間は半分は利益で動く」という方針で巧みな価格操作を行ったことでも有名だ。常識はずれの低価格を非難されると「人間は利益では動かない」と反論してゆずらなかった。

  2□松下哲学の基本のひとつは、「家康も私のしたとおりやったら失敗するだろう」というほどの自信にあった。傲慢(ごうまん)だと非難されても幸之助は堂々と大規模人員整理や組合つぶしを断行したことで有名である。

  3□松下哲学の基本のひとつは、「われ以外みな師」という丁稚奉公(でっちぼうこう)時代の謙譲の視線を持ち続けたことだ。犬の尾の振り方にも学び、競争相手をも氏神様と感謝した姿勢は、周囲の人々を触発し、衆知が集まり、日々の地道な積み重ねが効果的に結実したといえる。言い換えれば松下王国を作ったのは幸之助ではない。ただ、彼なしには作れなかったということだ。

  4□松下哲学の基本のひとつは、「われ以外みな師」という丁稚奉公(でっちぼうこう)時代の謙譲の視線を持ち続けたことだ。「人間は半分は利益で動く」という方針で巧みな価格操作を行ったことでも有名だ。常識はずれの低価格を非難されると「人間は利益では動かない」と反論してゆずらなかった。

  5□松下哲学の基本のひとつは、「信念のない者は、人間として価値がない」という勤労至上主義で、イエスマンばかりを集めたため、社内ではご隠居様扱いされ、晩年は講演会などでスピーチすることが生きがいだった。立派な言動は社内では嫌がられていたという皮肉な結末だったという。

  6□松下哲学の基本のひとつは、「いったん体得した勤勉のクセは、一生を通じての宝である」という勤労至上主義で、同業他社が週休二日制を導入した後も、かなりの長期にわたって週休一日制を押し通したことは有名だ。

  7□松下哲学の基本のひとつは、「完全な自由は、自己破滅への道」という厳しさにある。松下幸之助が「正しい」と思ったことが社員にとっての「正解」であり、違った意見を発言すると会議では厳しく怒ったという意味の文章が『松翁論語』には収録されている。 

  8□松下哲学の基本のひとつは、「われ以外みな師」という丁稚奉公(でっちぼうこう)時代の謙譲の視線を持ち続けたことだ。しかし、若いころに苦労したために「無責任な愛情は、かえって相手を損ねることになる」という徹底したコスト削減の一面もあり、結果的にはこうした厳しい価格路線が大企業へ成長させる原動力になった。

  9□松下哲学の基本のひとつは、「見る人が見れば、履物の脱ぎ方だけでも、その人の人柄や心がけがわかる」という人材発掘術にある。幸之助は競争相手から優秀な人材をヘッドハンティングすることを創業のときから続けてきた。社員は全員、松下幸之助と面接を受けたという逸話が『松翁論語』に収録されている。

  10□松下哲学の基本のひとつは、「間口を広げたら弱体化する」という堅実経営にある。彼が生きていた間は、松下は「白もの家電」(冷蔵庫、洗濯機など)以外には決して手を広げなかったことで有名だ。主婦が使わないものは決して作らないという意味の文章が『松翁論語』にはよく出てくる。

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